日光そばまつりと白糸の滝と輪王寺サイクリング

日光そばまつりと白糸の滝と輪王寺を巡ってきました。

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日光そばまつりは二年ぶりです。

二年前は、強烈な寒波が来ておりスタートから小雪が舞っていました。

それでも、霧降高原を通って、凍えながら終わりが近いそばまつりに到着しました。

今回は、早めに最初にそばまつりに行く事にしました。

気温も結構上がって、ジャケットでは少し暑いくらいです。

 

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イクラックに行くと、もう帰るローディーが居ました。

今回は第二会場に22店舗が出店していました。

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折角なので地元でないところに行こうと、まず行ったのは江戸流手打ちそば鵜の会です。

並んでいたら、後ろの団体さんは二枚ずつ注文していました。

それってここ以外は食べない?(^^;

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腰も香りもあって美味しかったです

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次は新潟小千谷イチカラ畑です。魚沼産のふのりの繋ぎのへぎそばです。

並んだらジャージが目立つのでお店の最後尾の看板を持った人に「カッコいいですね。」と声を掛けられました。

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へぎそばとは

へぎ(片木)と呼ばれる器に載せて食されることからこの名がつきました。では、へぎを使えばすべてへぎそばではないのか?と、思われるかもしれません。
へぎは「剥ぎ」を語源とし、剥ぎ板で作った四角い器のことをいいます。この器に冷やしたそばを、1口程度に丸めて盛りつけます。これを手繰りと言います。
つまり、へぎと呼ばれる器に手繰りにされたそばを乗せたものをへぎそばと言います。
またこの手繰りにするには、通常のそばでは難しく、布海苔(ふのり)をつなぎに使ったコシの強いそばでないと写真のようにうまく手繰りに出来ないといわれています。

布海苔(ふのり)

2月から4月にかけてが採取期で、寒い時のものほど風味が良いといわれている海藻です。
フノリ液の接着力はあまり強くはないので、このため、接着剤としての糊ではなく、織物の仕上げの糊付けに用いられる用途が多かったといいます。
「布糊」という名称はこれに由来するものと思われます。
つまり、織物の産地である十日町の歴史の中で生まれたものが、へぎそばなのです。

うつわがへぎならへぎにならないですね。

繋ぎがつるっとした感じでイマイチでした。(^^;

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次は信州ぼくち蕎麦石田屋一徹です。

希少なオヤマボクチを繋ぎに使った強靭な腰を持つ北信州の幻の蕎麦ということですが、味はオヤマボクチを繋ぎに使わない方が美味しいようなきがしました。

隣に居た人も同じ意見でした。

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次ぎに行ったのは八溝そば海道そば夢サロン梁山泊です

立派な小屋が建っていてそこでそばを打っていました。

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結構行列が出来ていました。

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打ちたてで美味しかったです。

ざるで出していたのは私が食べた中ではここだけです。

八溝というと粉は金砂郷でしょうか?

烏山ということで次回は店舗にお邪魔してみたいですね。

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蕎麦は美味しかったですが、やっぱり江戸流手打ちそば鵜の会が一番美味しかったです。

第一会場にも行ってみました。

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ホタテを焼いて売っていました。

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ステージでは琴とメロディオンの演奏をして居ました。

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一通り観て白糸の滝へ向かいました。

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観音堂がありました。別名香車堂と呼ばれているそうです。

将棋の駒の香車が戻らずに直進する駒なので妊婦がこの駒を借りて帰り、自宅の神棚にお祀りすると無事安産すると言われています。御礼参りに借りて行った駒と新調の駒を奉納するので駒の数は増えるばかりだそうです。

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勝道上人の墓もありました。

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奥に仏岩がありました。

頭上の岸壁に仏の姿をした岩が並んでいたのが、地震で岩が崩れて消滅し、仏岩のみが残ったとも言われているそうです。

岩壁基部のくぼみには、梵天帝釈天と四天王のうちの三体、不動明王の石像、六体が並んでいます。

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隣に輪王寺 開山堂もあります。

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そこから、ずーと白糸の滝まで、石畳の歩道が続いていました。

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白糸の滝に到着です。

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天狗沢に掛かる名瀑で高さが約10m弘法大師修業の場と伝えられていると言う事です。

京都聖護院の道興准后が日光を訪れ「廻国雑記」に「世々を経て 結ぶ契りの 末なれや この滝尾の たきの白糸」と読んでいます。

それで白糸の滝なのでしょうか?

先に滝を撮っている人達が居ました。

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もっと滝に近づけそうなので、滑らないように気を付けて行ってみました。

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少し、靴下が濡れてしまいました。(^^;

でも、良い写真が撮れました。

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外人さん達が来て、すれ違いざまに「nice fight」と言われました。

それから滝尾神社へ行きました。

階段を上って行きます。

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影向石(ようごうせき)がありました。影向とは、神仏が仮の姿をとって、この世に現れると言う事です。

弘法大師が、奥の大岩辺りで神霊の降下を祈願したところ、美しい女神が現れたと伝えられていると言う事です。

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運試しの鳥居がありました。

世界文化遺産にもなっています。

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この鳥居は一般的な鳥居とは違い、上部中央に丸い穴が設けられている天が特徴で、この穴に小石を三つ投げ入れ、一つでも入ると願いがかなうとされています。

外人さんのグループも一緒に運試しをしました。

ほとんど全滅でしたが一人だけ女の子が成功しました。(^.^)

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立派な楼門があり、奥に瀧尾神社 二荒山神社別宮がありました。

二荒山神社本社の西に約1キロ、生い茂る木々の中に立つ滝尾神社。二荒山神社の別宮で、二荒山神社主祭神大己貴命(おおなむちのみこと)の妃神(きしん)・田心姫命(たごりひめのみこと)がまつられています。本殿裏には「三本杉」の巨木が立ち石鳥居や石灯籠を建てて石柵(いしさく)を巡らした一画があり、ここが田心姫命の降臨したところと伝えられており神聖な雰囲気が漂います。

参拝して帰ってきました。

裏のパワースポットということです。

奥に瀧尾稲荷神社があったのですが、廻るのを忘れてしまいました。(^^;

戻って、東照宮に向かいました。

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日光東照宮美術館では假屋崎さんの個展をやっていました。

表門の所に出てきました。

凄い人です。

五重の塔で写真を撮りました。

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高さは36m。極彩色の日本一華麗な五重塔で、初層軒下には富田宿(現大平町)の名工 後藤正秀が手がけた十二支の彫刻があります。また、初層内部にも漆塗り・彩色・漆箔がきらびやかに施されています。
 塔を貫く心柱は事例の少ない懸垂式で、礎石には据えられず、四重から吊り下げられて浮いています。これは、時を経て重みで塔身が縮んだ際にも、心柱が五重の屋根を突き抜けてしまわないよう、江戸時代に考え出された工法です。
 こうした工法が可能であったのは、五重塔の心柱が構造上塔身から独立して、先端の相輪だけを支えているためですが、一方で、そのように塔身と分離した心柱は、免震の機能を果たすとも考えられてきました。東京スカイツリーのデザイン監修者である元東京藝術大学学長 澄川喜一氏によれば、この五重塔の免震機能はスカイツリーの制振システム(心柱制振)にも応用されたといいます。

東照宮はパスして二荒山神社に向かいました。

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二荒山神社は後で見ることにして、輪王寺をみる事にしました。

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輪王寺(りんのうじ)は、栃木県日光市にある寺院で、天台宗門跡寺院である。明治初年の神仏分離令以後、東照宮二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称される。近世まではこれらを総称して「日光山」と呼ばれていた。現在、「日光山」は輪王寺山号とされている[1]。また、「輪王寺」は日光山中にある寺院群の総称でもある。

輪王寺の境内は東照宮二荒山神社の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されています。

入園料550円を払って入りました。

まず、仁王門です。

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二体の仁王像がお祀りされており、向かって右の密迹金剛(みっしゃくこんごう)は「阿」と口を開き、左の那羅延金剛は、「吽」と口を結んでいます。物事の始まりと終わりを表し。また「阿吽の呼吸」の語源になったとも言われています。

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日光山輪王寺 大猷院 二天門 6年ぶり公開世界遺産日光で最大の門である大猷院 二天門が、平成24年から6年という歳月を経て平成30年5月より公開されました。

二天門は石段上にある八脚楼門入母屋造りの門でその上部には後水尾天皇の筆による 「大猷院」の額が掲げられています。
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日光山内で最も大きな門で左に東を守る持国天、右に西を守る広目天が立ち、 裏門には風神、雷神の像が立っています。

現在・過去・未来を示している雷神の三本の指。東西南北を示していると云う風神の四本の指にも注目。 持国天広目天は迫力満点です。

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右側に鐘楼、左側に鼓楼がそびえています。鐘楼には釣鐘が、鼓楼には大きな太鼓がおさめられています。大きな法要の祭には、この釣鐘と太鼓が打ち鳴らされると言う事です。

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日光山輪王寺「夜叉門」は、徳川家光公が眠るとされる「輪王寺・大猷院」を守護する目的で造営されました。

そして、他にも別名が存在し、その名を「牡丹門(ボタン門)」ともいいます。

この「夜叉門」が「牡丹門」と呼ばれる所以は、夜叉門全体には「牡丹の花模様」と「唐草模様の彫刻」が彫られていることから「牡丹門」との由来がきています。

日光山・輪王寺 大猷院「夜叉門」には、徳川家光公や歴代の徳川家の将軍が眠る「大猷院」を守護する「4体の夜叉像」が鎮座しています。

夜叉門を拝観しに来られた方の中には「4夜叉像」を拝観しに来られた方もいると思われます。

「四夜叉(よんやしゃ)」とは、「青面金剛明王」とも呼ばれる「夜叉の神」に仕える「4体の夜叉」のことです。

そして、この4体の夜叉も本来の名前があり「四護法善神(しご ごほうぜんじん)の夜叉」とも云われております。

これまでご紹介してきた中で「神」という字が幾度が出現してきましたが、そもそも輪王寺を含めた日光東照宮自体、神仏習合の代表的な社寺でしたので、神仏分離が成された現代においても、仏様と神様が入り混じっているような部分が見受けられます。

その部分の1つであるのが、この「夜叉門」です。

「毘陀羅・びだら」(赤色)「南の方角を守護」

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「阿跋摩羅・あばつまら」(緑色)「北の方角を守護」

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「鍵陀羅・けんだら」(白色)「西の方角を守護」

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「烏摩勤伽・うまろきゃ」(青色)「東の方角を守護」

この像はここにしか無いそうです。

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よく見ると、夜叉門を取り囲むようにして、灯篭が荒垣内に添えつけてあるのが分かります。

よく見ると、夜叉門を取り囲むようにして、灯篭が荒垣内に添えつけてあるのが分かります。

実はこの灯篭は、家光公の眠る「大猷院」を守護するかのように、70基近い数の灯篭で埋め尽くされています。

これらの灯篭1つ1つは江戸時代の当時、日本全国の大名たちがこぞって死後も家光公の身を案じて奉納したそうです。

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唐門は重要文化財です
高さ3m、間口1.8mと大猷院の中で一番小さな門。色鮮やかな彩色と精緻な彫刻を備え、上品なたたずまいをしています。

拝殿・相の間・本殿は国宝に指定されています
大猷院の中心で、建築時のままの姿を残す。多くの金彩が使われ、「金閣殿」との呼び名も持ちます。

内部では、狩野探幽の描いた唐獅子、天井を覆う140枚の竜の絵などが見られます。

右から二枚目が美術の教科書などにも出てくる絵です。

破魔矢は、

皇嘉門は重要文化財にしていされています。

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奥に家光公の墓所(非公開)がある。中国・明朝の建築様式「竜宮造り」を採用し、「竜宮門」とも呼ばれているそうです。

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戻り道、ウクライナから来たと言う外人さんに写真をとって欲しいとMさんが頼まれ、結構注文があったので私が撮りました。

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ついでに記念撮影です

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出てきたら入場口は終っていました。

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日光ぷりん亭は行列が出来ていました。

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帰り道、ゆばむすびをまた買いに入りました

一つだけ残っていました。(^.^)

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ほとんど観光のサイクリングでしたが楽しかったです。